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愛に落とすまでのロジックの話

※孤独と孤立の定義が曖昧のため、気が向いたら修正します


幸せになりたいか?

と聞かれると、1億2000万人いる日本人の全員がYESと答えるだろう。

じゃぁあなたにとっての幸せは何かと聞かれると、明確に答えられる人は少なくなる。

幸せにはなりたい。
でも幸せの状態を描かずに、日々生きるということは、

マラソンで例えるなら、42.195キロというゴールを持たずに、ただただあてもなく走り続けていることと同じだ。

マラソンで例えられるとあり得ないと思うような話でも、

人生では多くの人がそうしてしまう。
幸せは、いつか誰かが与えてくれると信じてやまない、日本の平和ボケの弊害の1つだ。

まず明確に伝える。
人は自然に幸せになることなんてない。

なんも考えずに生きてるだけなら、人生「辛い」ことのほうが多いと思う。

どうすれば幸せにはなるのか考えて、自分の人生に愛という一本の軸を通せば、辛さは「幸せ」に変わる。

そう。
幸せは自然発生のライブイベントではない。
自ら掴まなければ、一生訪れないことをまず理解しろ。

じゃぁ、人の幸せってなんやろう。

人の幸せには、根源的なもの(最低限)と、現代的なもの(バランス)の二種類がある。

前者を考える上で参考にすべきは、マズローの5段階欲求

⬛️マズローの参考記事

ここで、根源的な欲求の定義を、『人の生死に関わる欲求』とすると、

以下の3つ。

①生理的欲求
②安全の欲求
③愛と所属の欲求

①生理的欲求
食べ物、飲み物。
抜けば死ぬ。

②安全の欲求
身体的な安全。
抜くと精神異常になる。死ぬ。

③愛と所属の欲求
人は孤独(刺激がない)だと精神異常になる。死ぬ。

生理的、安全、の2つは容易に想像がつく。
ポイントはなぜそれに次ぐ欲求が愛と所属なのか、ということ。

それにたいする考察を、フロムの見解を交えてまとめる。

人は生まれながらにして、みな孤立した存在である。
母親のお腹の中にいるときは、物理的に(おそらく精神的にも)母親と1つの個体だが、生まれてくる時に、2つに分かれる。

この世に生をうけるのは、孤立した個、としてなのだ。

だから、だれしもが、母親であっても、価値観を100%理解し合うことは、生まれた瞬間から出来ない。

個として、孤立しているからだ。
そしてこの孤立が、全ての不安を生む。

東京で一人暮らしをしてると、時折、無性に寂しさを感じることがある。
この世に誰も頼れる人がいないような孤立感。

あるよね?笑

これはおれだけでなく、みんな感じているのだと勝手に思う。

おれはそんなことないよ、という人は、きっと自分との対話が少なすぎるのでないだろうか。

生まれながらにして孤立しており、孤独だからこそ、人はこの孤独を克服するために生きる。

物心を持った女の子同士が手をつないだり、同じものを買ったりするのは、無意識のうちに、この孤独を克服しようという試みだと思う。

だから何が言いたいかというと、愛と所属の欲求は、孤独を克服しようとする人間の根源的な欲求なのである。

また、角度を変えてみると、この目的の達成に失敗したら、完全な孤独という恐怖が待っている。
親も友達も信用できない。

こうなると孤独感をそもそも感じないようにするために、徹底的に外界との連絡を遮断するしかなくなる。
それが引きこもり。

他にもこの孤独を克服するために、人は様々な手段を持つ。
一番はコミュニティに所属すること。
会社に勤めることはその代表例。

死ぬわけではないのに、一度所属したコミュニティから出ることに対し、人は強烈な不安を感じる。

その不安を考慮せずに、会社から出る人間を粗末に扱う会社があるなら、一刻も早く潰れればいいと思う。

孤独感をよりイメージしやすくするために、仮にコップがあり、その中に入る孤独の量がMAX100だとする。

コミュニティに所属することでこれを埋めることが出来るが、その量は多くはない。

なぜならコミュニティに所属するということは、強烈ではなく、穏やかで惰性的な刺激だからだ。

したがって、コミュニティに所属するだけでは、孤立からくる不安を癒すには不十分である。

人は残りのタンクを埋めようとして、恋愛をしたり、コミュニティをつくったりする。

手段を間違えると、アルコール依存、過度のタバコ、麻薬、レイプ、自殺、など、一瞬だけ、この不安を癒そうとする。

とはいえ、タンクが0になると、孤独の恐怖に支配され、引きこもるという最終手段しかなくなるため、

人は仕方なく過ちを犯す。
このロジックを、人は弱いから、という言葉で片付けるのはあまりにも乱暴だ。

幸介は去年の10月に退職未遂をしたときは、不安しかなかった。
たぶん、これを読んでる人が想像つかない不安である。

やめると言ったものの、届けを出さないままに、いきなり全社に退職が勧告される。

あのときの不安とストレスは、人生振り返ってもなかなかのものだった。

不安の背景にあるのは、自分がこの社会でどれだけ価値があるのかわからないことに対してだったが、

たぶん本質的には、いきなりコミュニティから外されることにあったと思う。

じゃぁどうすればこの孤独のタンクを100に出来るのかというと、その唯一の手段が「愛」である。

人の根源的な欲求から幸せを考えてみると、

愛を得て、孤独のタンクを100にすることでしか、人は幸せになれないのである。











これが愛に落とすまでの動線。
ざっくりオーケーやな。

フロムは愛までの動線を、アダムとイブを例えに説明したけど、キリスト教は日本ではマイナーな宗教やし、欲求ベースで動線引いたほうが理解がしやすいはず。

人間の根源的な欲求と言われると、YES取りもしやすい。

大事なことは信憑性と、理解のし易さ。



今から面接いってくるぜ!
ほほほい!!